Linda Ronstadtの『Hasten Down the Wind』は、1976年8月に発表された7作目のスタジオ・アルバム。日本盤題は『風にさらわれた恋』である。Karla Bonoff(カーラ・ボノフ)の3曲とWarren Zevon(ウォーレン・ジヴォン)の表題曲を軸に、Buddy Holly、Willie Nelson、Ry Cooderらの曲を組み合わせた。
前作『Prisoner in Disguise』が選曲の広さを示した作品なら、本作では恋愛の迷い、別れ、未練を扱う曲が多い。rock、country、reggaeと曲調は変わるが、歌詞に登場する人物の感情がアルバムをつないでいる。
まず押さえたい3点
- 作品の特徴: Karla BonoffやWarren Zevonという新しい書き手の曲と、Buddy HollyやWillie Nelsonの既成曲を同じ一枚で歌った。
- まず聴く3曲: Karla Bonoff作の「Lose Again」、Buddy Hollyを歌う「That’ll Be the Day」、Warren Zevon作の「Hasten Down the Wind」。
- おすすめする人: Linda Ronstadtの選曲眼と、70年代ロサンゼルスのソングライターが広まる過程を知りたい人。
新しい書き手を前へ出したアルバム
本作で大きな位置を占めるのがKarla Bonoffの曲である。冒頭の「Lose Again」、「If He’s Ever Near」、最後の「Someone to Lay Down Beside Me」という3曲を収録した。いずれも、恋愛を単純な幸福や決別にせず、近づきたい気持ちと距離を置く判断の間で描いている。
表題曲を書いたWarren Zevonも、当時は広い聴衆へ浸透する途中にいた。Ronstadtは完成された有名曲を歌うだけでなく、同時代の書き手の曲を自分のアルバムへ置き、その名前を多くの聴き手へ届けた。
ただし新しい書き手だけには限定していない。Buddy Hollyの「That’ll Be the Day」、Willie Nelsonの「Crazy」、Ry Cooderの「The Tattler」を並べ、新旧の曲をRonstadtの声で結んでいる。
曲調の広さを、感情の流れでまとめる
「That’ll Be the Day」は短く軽快なrock、「Crazy」は旋律をゆっくり聴かせるcountry ballad、「Rivers of Babylon」はreggaeを経由して知られた宗教歌である。表面上は別々のアルバムに入ってもおかしくない。
Peter Asher(ピーター・アッシャー)は、全曲を同じ音へ寄せず、曲に合わせて編成と速さを変えた。その一方で、Andrew Gold(アンドリュー・ゴールド)、Russ Kunkel(ラス・カンケル)、Waddy Wachtel(ワディ・ワクテル)、Kenny Edwards(ケニー・エドワーズ)らが演奏を支え、歌の位置を一定に保っている。
曲調より歌詞へ目を向けると、失った関係を振り返る歌、相手が戻る可能性を考える歌、一人でいることに耐えられない歌が続く。ジャンルの統一ではなく、感情の近さによって一枚へまとめた作品である。
Linda Ronstadt自身が書いた二つの曲
Ronstadtは本作で「Lo Siento Mi Vida」と「Try Me Again」の作曲に参加した。「Lo Siento Mi Vida」は自身のルーツにつながるスペイン語で歌い、「Try Me Again」はAndrew Goldとの共作である。
他人の曲を選び解釈する力が本作の中心だが、自作曲を間に置くことで、歌詞の人物と歌手本人の距離が近く聞こえる。さらにスペイン語曲を収め、後年のメキシコ音楽作品へ向かう入口も作っている。
代表曲と聴きどころ
Lose Again
Karla Bonoff作で、アルバム冒頭を飾る。終わった関係を理解しながら、感情が追いつかない状態を描く。Ronstadtは最初から声を張らず、サビへ向けて音域と強さを広げる。
本作にBonoffの曲が三つある理由を最初に伝える一曲である。作者の言葉とRonstadtの声の相性が、その後のアルバム全体を決めている。
That’ll Be the Day
Buddy Hollyで知られる曲を、ギターとコーラスが押す簡潔なrockとして録音した。アルバムの中では最も直接的で、全米11位のヒットとなった。
古い曲を装飾で大きく変えるのではなく、Ronstadtの声と70年代のバンド演奏によって更新している。「Lose Again」と並べると、新曲と既成曲を区別せず、自分の歌として扱う方法が分かる。
Hasten Down the Wind
Warren Zevon作の表題曲。関係を続けるか終えるかを決め切れない相手に対し、待つ側の限界を歌う。大きな結論を叫ばず、言葉の反復によって緊張を残す。
シングルの即効性より、アルバム全体の感情を代表する曲である。RonstadtがZevonの書く複雑な人物を、過度に劇的にせず歌っている。
Lo Siento Mi Vida
スペイン語と英語で歌われる、Ronstadtの共作曲。題名は「ごめんなさい、私の愛する人」という意味で、別れを伝える側の痛みを扱う。
英語圏のrock/pop作品の中へ、自身の家族的・文化的背景につながる言語をそのまま置いた。後の『Canciones de Mi Padre』を知る聴き手には、その前史としても聞ける。
Someone to Lay Down Beside Me
Karla Bonoff作でアルバムを閉じる。誰かと一緒にいたいという率直な内容だが、安易な救いへ着地しない。Ronstadtは高音まで使いながら、孤独を大げさな演技に変えずに歌う。
冒頭の「Lose Again」と対になり、Bonoffの曲で始まりBonoffの曲で終わる構成を作る。本作を単なるカバー集ではなく、一つの感情の流れとして聴かせる終曲である。
収録曲
- Lose Again
- The Tattler
- If He's Ever Near
- That'll Be the Day
- Lo Siento Mi Vida
- Hasten Down the Wind
- Rivers of Babylon
- Give One Heart
- Try Me Again
- Crazy
- Down So Low
- Someone to Lay Down Beside Me
ジャケットについて
Ethan Russell(イーサン・ラッセル)が撮影したジャケットは、Linda Ronstadtが肩越しにカメラを見る肖像である。顔を正面へ向け切らず、視線と身体の向きがずれている。
華やかなステージ写真ではなく、振り返る一瞬を選んだ構図は、過去の関係から離れ切れない歌が多い本作とよく合う。衣装や背景より、視線が最初に残るジャケットである。
一般的な評価
アルバムはBillboard 200で3位を記録し、米国でプラチナ認定を受けた。Ronstadtは本作によって、女性アーティストとして初めて3作連続のミリオンセラーを達成した。
第19回グラミー賞ではBest Pop Vocal Performance, Femaleを受賞し、Ronstadtにとって2度目のグラミー受賞となった。代表曲一曲へ集中するより、書き手の発見、選曲、アルバム全体の感情の流れが評価の中心になる作品である。
どんな人におすすめか
- Karla BonoffやWarren ZevonをLinda Ronstadtの歌からたどりたい人
- 既成曲と当時の新曲を一枚の中で聴き比べたい人
- rock、country、reggaeを横断する選曲に興味がある人
- Waddy WachtelやRuss Kunkelら西海岸の演奏者を追いたい人
初めて聴くなら
最初は「Lose Again」と「That’ll Be the Day」で、新しい書き手の曲と古いヒット曲の歌い分けを比べる。次に表題曲と「Lo Siento Mi Vida」を聴き、最後に「Someone to Lay Down Beside Me」へ進むと、アルバムの感情の流れがつかみやすい。
前へ戻るなら『Prisoner in Disguise』、次へ進むなら『Simple Dreams』。前者では選曲の広がり、後者ではWarren Zevon作品を含む商業的な頂点を比較できる。
関連ページ
- アーティスト: Linda Ronstadt
- アルバム: Heart Like a Wheel
- アルバム: Prisoner in Disguise
- アルバム: Simple Dreams
- 人物: Waddy Wachtel
- 特集: リンダ・ロンシュタットの70年代名盤を支えたセッションマン
参考資料
作品を手元で楽しむ
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