Linda Ronstadt
- 活動開始
- 1967年
- 出身
- ツーソン, アリゾナ州
Linda Ronstadt(リンダ・ロンシュタット)は、1970年代のアメリカで最も大きな成功を収めた女性歌手の一人である。自作曲を中心に歌うシンガーソングライターではなく、異なる作者の曲を選び、声と編曲によって自分の歌にする「インタープリター」として聴くと、その強みが分かりやすい。
まず押さえたい3点
- 選曲が作品の核 ── Rock、country、folk、R&Bなど、出自の異なる曲を一枚のアルバムへまとめた。
- Eagles結成前の人脈が集まった ── Glenn Frey、Don Henley、Bernie Leadon、Randy Meisnerらが彼女の活動に関わった。
- 70年代ロックだけでは終わらない ── 1980年代以降はスタンダード、オペレッタ、メキシコ伝統音楽へ活動を広げた。
Stone Poneysからソロへ
Ronstadtはアリゾナ州ツーソンの音楽好きな家庭で育ち、1960年代半ばにロサンゼルスへ移った。Stone Poneysの一員として1967年に「Different Drum」をヒットさせた。この曲を書いたのはThe MonkeesのMichael Nesmith(マイケル・ネスミス)で、Ronstadtの力強い歌声を広く知らしめた初期の代表曲である。
1969年の『Hand Sown … Home Grown』からソロ活動へ進み、countryとrockを結びつける作品を重ねた。ただし、すぐに大成功したわけではない。ツアーと録音を続けながら、選曲、演奏者、プロデューサーの組み合わせを整えていった時期である。
Eagles結成との関係
1971年、RonstadtはGlenn Frey(グレン・フライ)とDon Henley(ドン・ヘンリー)をツアー・バンドに起用した。二人はツアー中に自分たちのバンドを作る構想を進め、Bernie Leadon(バーニー・レドン)とRandy Meisner(ランディ・マイズナー)を加えてEaglesを結成した。
「RonstadtのバックバンドがそのままEaglesになった」と短く説明されることもあるが、四人が固定された一組として長く彼女の後ろで演奏していたわけではない。Ronstadtの仕事を接点として、ロサンゼルスの演奏者が結びついた、と捉える方が実態に近い。
1974年: 『Heart Like a Wheel』で全盛期へ
Peter Asher(ピーター・アッシャー)がプロデュースした『Heart Like a Wheel』は、Ronstadtの歌手としての持ち味を一枚にまとめた作品である。「You’re No Good」のrockとR&B、「When Will I Be Loved」のcountry、「Heart Like a Wheel」の繊細なバラードが同居しながら、声の存在感で一つのアルバムに聞こえる。
アルバムと「You’re No Good」はともに全米1位を記録した。1970年代の女性ロック歌手としての地位を確立した作品であり、初めて聴く一枚としても最も分かりやすい。
『Prisoner in Disguise』では、同じ制作陣とともにMotown、country、Jimmy Cliff、Little Featの曲を取り上げた。異なる作者とジャンルを、自分の声を中心に一枚へまとめる解釈者としての力が分かる。
1976–1977年: バンドの力を生かした名盤
『Hasten Down the Wind』では、Karla Bonoff(カーラ・ボノフ)作品を多く取り上げ、恋愛の迷いと別れをアルバム全体で描いた。同作によってRonstadtはグラミー賞の最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンスを受賞した。
『Simple Dreams』は、「Blue Bayou」「It’s So Easy」「Poor Poor Pitiful Me」など、Roy Orbison、Buddy Holly、Warren Zevonの曲を並べた作品である。作者も曲調も異なるが、Ronstadtの声とバンド演奏によって、1970年代後半の西海岸ロックとして統一されている。
Waddy Wachtelら演奏者との関係
Ronstadtのアルバムは、本人の歌だけで完結しない。Waddy Wachtel(ワディ・ワクテル)、Andrew Gold(アンドリュー・ゴールド)、Russ Kunkel(ラス・カンケル)、Leland Sklar(リーランド・スクラー)らが、曲ごとに必要な音を組み立てた。
とくにWachtelは、音を詰め込まず、歌の後ろでギターの輪郭を作ることに長けていた。誰がどの作品で演奏したかは、リンダ・ロンシュタットの70年代名盤を支えたセッションマンで整理している。
Rock、スタンダード、メキシコ音楽を横断する
Ronstadtは1980年代に入ると、New Wave色のある『Mad Love』、Nelson Riddle(ネルソン・リドル)と作ったスタンダード集、オペレッタ『The Pirates of Penzance』へ進んだ。1987年の『Canciones de Mi Padre』では、自身のメキシコ系の家族背景につながる伝統曲を歌っている。
これは流行に合わせて方向を変え続けたというより、幼少期から身近にあった複数の音楽を、成功後に一つずつ本格的な作品へした歩みである。11回のグラミー賞受賞も、単一ジャンルではなくpop、country、Latin、roots musicなど複数部門にまたがる。
最初に聴くアルバムはどれ?
- 代表曲をまとめて聴くなら ── 『Heart Like a Wheel』。「You’re No Good」からバラードまで幅が広い。
- 選曲と人脈をたどるなら ── 『Prisoner in Disguise』。Motown、country、同時代のソングライター作品を一枚で聴ける。
- 歌詞と感情の流れを重視するなら ── 『Hasten Down the Wind』。Karla Bonoff作品との相性がよく分かる。
- 明快な70年代ロックから入るなら ── 『Simple Dreams』。「Blue Bayou」「It’s So Easy」を収録。
関連する人物と映画
2026年公開のドキュメンタリー『イミディエイト・ファミリー』にはRonstadtもインタビュー出演している。Waddy Wachtelら、彼女の録音とツアーを支えた演奏者が主役の作品である。
映画に登場する西海岸ロック名盤ガイドでは、Ronstadtとセッションマンの関係を作品ごとにたどれる。
参考資料
変遷
- 1946 アリゾナ州ツーソンに生まれる
- 1967 Stone Poneysでメジャー・デビュー。「Different Drum」が全米13位を記録
- 1969 ソロデビューアルバム『Hand Sown ... Home Grown』発表
- 1971 ツアーのバックバンドから Glenn Frey、Don Henley、Bernie Leadon、Randy Meisner らが Eagles を結成
- 1974 『Heart Like a Wheel』発表、全米1位
- 1977 前作『Hasten Down the Wind』でグラミー賞ベスト・ポップ・ボーカル・パフォーマンス(女性)を受賞。『Simple Dreams』発表、ビルボード200で5週連続1位
- 1987 メキシコ伝統音楽のアルバム『Canciones de Mi Padre』発表
- 2009 最後の公演を行い、歌手活動から退く
- 2013 回想録『Simple Dreams』を刊行し、病気により歌えなくなったことを公表
- 2014 ロックの殿堂入り
Discography
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