Americaの『Hat Trick』は、1973年10月26日に発表された3作目のスタジオ・アルバム。『America』『Homecoming』の成功に続き、Gerry Beckley、Dewey Bunnell、Dan Peekの三人が自らプロデュースした作品である。
シングル「Muskrat Love」は全米67位、アルバムはBillboard 200で28位にとどまり、前2作ほどの成功には届かなかった。しかし、ストリングスやシンセサイザーを初めて本格的に取り入れ、三人共作による8分半のタイトル曲を置くなど、Americaがアルバム表現を広げようとした意欲作でもある。
『Hat Trick』はどんなアルバムか
『Homecoming』で完成した明るいアコースティック・サウンドを、そのまま繰り返さなかった点が本作の特徴である。短く親しみやすい曲の間に、ストリングス、サックス、シンセサイザー、長い器楽部分を加え、三人の曲作りを別々の方向へ伸ばしている。
そのため、全体の統一感は前作ほど明快ではない。「Muskrat Love」の素朴なカントリー感、「Rainbow Song」のジャズ寄りの色彩、「Green Monkey」のロック感、組曲のような「Hat Trick」が一枚に同居する。まとまりよりも試行錯誤の面白さを聴くアルバムだ。
商業的な停滞を受け、次作『Holiday』ではGeorge Martinをプロデューサーに迎えることになる。その意味で『Hat Trick』は、セルフプロデュース期の到達点であると同時に、制作体制が変わる直前の分岐点に位置する。
Record Plantで広げた音
録音は1973年5月29日から7月12日まで、ロサンゼルスのRecord Plantで行われた。三人のギターとボーカルに、ベースのDavid Dickey、ドラムとパーカッションのHal Blaineが加わり、前作から続く演奏の土台を作っている。
本作ではJim Ed Normanの助力により、Americaのアルバムで初めてストリングス・アレンジを導入した。Robert Margouleffのシンセサイザー、Tom Scottのサックス、Joe Walshのギターなども曲ごとに加わり、アコースティック中心だった初期2作より音色の幅が広い。
タイトル曲のコーラスにはThe Beach BoysのCarl WilsonとBruce Johnston、Billy Hinscheが参加した。ハーモニーを軸にする両グループの接点が、単なる共演ではなく声の重なりとして聞こえるのも本作ならではである。
代表曲と聴きどころ
Muskrat Love
テキサスのシンガーソングライターWillis Alan Ramseyが書いた曲で、Americaがアルバムで初めて取り上げた外部作家の作品である。マスクラットの恋を描く風変わりな題材を、軽いリズムと柔らかなコーラスで素朴に聴かせる。
America版は全米67位、Adult Contemporaryチャートで11位を記録。1976年にはCaptain & Tennilleのカバーが全米4位のヒットになった。後の版ほど演出を強くせず、フォークロックの小品としてまとめている点がAmerica版の持ち味である。
Hat Trick
Beckley、Bunnell、Peekの三人が共同で書いた8分29秒のタイトル曲。短い歌、器楽部分、コーラスの場面が移り変わる組曲的な構成で、それぞれが一曲ずつ持ち寄る普段の作り方とは異なる。
Carl Wilson、Bruce Johnston、Billy Hinscheのバッキング・ボーカルが加わり、後半では声の層が大きく広がる。ヒットシングルの簡潔さより、アルバムを通して聴く体験を重視した本作の中心である。
Rainbow Song
Dewey Bunnell作。ゆったりしたギターとコーラスに、Tom Scottのサックスが都会的な色を加える。Bunnellらしい曖昧な風景感を残しながら、初期Americaには少なかったジャズ寄りの響きを試した曲だ。
She’s Gonna Let You Down
Gerry Beckley作。端正なメロディと少し沈んだ感情を持つ曲で、Jim Ed Normanのピアノとアレンジが陰影を深める。後の「Daisy Jane」へつながるBeckleyのバラード感覚と、従来より厚いスタジオ・サウンドが交わっている。
Green Monkey
Dewey Bunnell作。Joe Walshがギターで参加し、本作の中でも特にロック色が強い。歪んだギターと重いリズムは「Ventura Highway」の軽やかさとは対照的で、三人が従来のイメージから外へ出ようとしたことが分かる。
『Homecoming』『Holiday』との違い
『Homecoming』は、アコースティック・ギターと三声のハーモニーを引き締まった10曲にまとめた作品だった。『Hat Trick』ではその基本形を保ちながら、長い曲、外部作家のカバー、多彩なゲストを導入し、アルバムの可能性を広げている。
一方、次作『Holiday』ではGeorge MartinとGeoff Emerickが音の整理役となり、実験的な要素を「Tin Man」「Lonely People」のような明確なポップソングへ結びつけた。『Hat Trick』の散らばったアイデアを聴いた後で『Holiday』へ進むと、プロデューサーを迎えた効果がよく分かる。
収録曲
- Muskrat Love (Willis Alan Ramsey)
- Wind Wave (Dewey Bunnell)
- She's Gonna Let You Down (Gerry Beckley)
- Rainbow Song (Dewey Bunnell)
- Submarine Ladies (Gerry Beckley)
- It's Life (Dan Peek)
- Hat Trick (Gerry Beckley / Dewey Bunnell / Dan Peek)
- Molten Love (Dewey Bunnell)
- Green Monkey (Dewey Bunnell)
- Willow Tree Lullaby (Dan Peek)
- Goodbye (Gerry Beckley)
一般的な評価
Billboard 200で28位を記録し、シングル「Muskrat Love」は全米67位となった。前2作がプラチナ認定を受けたのに対し、本作は米国でゴールド認定に届かず、当時の評価も分かれた。
ただし、後年には実験性を評価する見方もある。ヒット曲の強さでは『Homecoming』『Holiday』に及ばないものの、三人の自主制作、初のストリングス、幅広いゲスト、唯一の三人共作タイトル曲が一枚に集まる。ヒットを狙う前後の作品とは異なる、試行錯誤そのものを記録したアルバムである。
初めて聴くなら
まず「Muskrat Love」で親しみやすい側面を聴き、「Rainbow Song」と「Green Monkey」で音色の幅を確かめる。その後、タイトル曲「Hat Trick」を通して聴くと、このアルバムがヒットシングル集ではなく、三人の実験の場だったことがつかみやすい。
初期Americaの完成形を先に聴くなら『Homecoming』、実験を整理して黄金期へ進んだ作品なら『Holiday』がおすすめ。70年代全8作の位置づけはAmericaのアルバム案内で確認できる。
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参考資料
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