Joni Mitchell
- 結成
- 1968年
- 出身
- カナダ・アルバータ州出身、1968年からロサンゼルス(ローレル・キャニオン)拠点
1943年カナダ・アルバータ州生まれ、サスカチュワン州サスカトゥーンで育ったシンガーソングライター。9歳でポリオに罹患したことが、後にギターを通常のチューニングで弾くことを困難にし、その回避策として開発された独自のオープン・チューニング(50以上に及ぶとされる)が彼女の音楽の和声的個性の源となった。
1965年に Chuck Mitchell と結婚し短期間「Joni Mitchell」名義で活動(離婚後も芸名として使用)、トロント・デトロイト・ニューヨークを経て、1968年に David Crosby と知り合ったのを契機にロサンゼルス・ローレル・キャニオンへ移住。同年のデビュー作『Song to a Seagull』以降、Crosby・Stills・Nash・Young、James Taylor、Jackson Browne らとローレル・キャニオン・シーンの中心を成した(Graham Nash との同居生活は CSN「Our House」の題材として知られる)。
1971年の『Blue』は、内省的なソングライターによる究極の私小説的アルバムとして高く評価される。続く『For the Roses』(1972) でジャズの語法に接近、『Court and Spark』(1974) で商業的なピークを迎えた後は、『The Hissing of Summer Lawns』(1975)、『Hejira』(1976)、『Don Juan’s Reckless Daughter』(1977)、Charles Mingus との『Mingus』(1979) と、ロック/フォークの枠を超えてジャズ・フュージョン領域へと踏み込んでいった。
1997年ロックの殿堂入り、2015年に脳動脈瘤で倒れて以降長いリハビリ期間を経て、2022年の Newport Folk Festival でステージへの本格復帰を果たした。
変遷
- 1943 11月7日、カナダ・アルバータ州フォート・マクラウド生まれ(本名 Roberta Joan Anderson)。サスカチュワン州サスカトゥーンで育つ
- 1952 9歳でポリオに罹患。回復するが、後年の独特のオープン・チューニングへの道筋となる
- 1968 ロサンゼルス・ローレル・キャニオンに移住。デビューアルバム『Song to a Seagull』を David Crosby のプロデュースで発表
- 1970 『Ladies of the Canyon』発表。Crosby, Stills, Nash & Young の「Woodstock」、彼女自身もカバーする「The Circle Game」「Big Yellow Taxi」を収録
- 1971 『Blue』発表、後に SSW の頂点を示す一枚と評価される
- 1974 『Court and Spark』発表、シングル「Help Me」が全米7位、最大の商業的成功
- 1976 『Hejira』発表、Jaco Pastorius のフレットレス・ベースを大きくフィーチャー、ジャズ寄りの語法に踏み込む
- 1979 Charles Mingus との共作『Mingus』を発表(Mingus は本作完成前の同年1月に死去)
- 1997 ロックの殿堂入り
- 2015 脳動脈瘤で倒れ、長期のリハビリ生活へ
- 2022 Newport Folk Festival にサプライズ出演、本格的なステージ復帰
Discography
最終更新: